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2015年11月 3日 (火)

『食べない、死なない、争わない』~目覚めた生き方

20151103

写真は、元裁判官で、現在は尼僧でいらっしゃる稲葉耶季(いなば やすえ)さんの著書『食べない、死なない、争わない』(マキノ出版)です。

稲葉さんは、5か月間「不食」をなさり、現在は、超少食で過ごしていらっしゃるようです。

前回の記事の秋山佳胤弁護士とも、ご親交が深いようで、日本人で不食をなさっている素晴らしい方が増えてらっしゃるんだとあらためて知りました。

ところで、この本の副題に「人生はすべて思いどおり」とありますが、それは、物質的な楽しみを思い通りにどんどん叶えるという意味ではありません。

実際は、その反対で、著者の稲葉さんは、物質的な執着を全然お持ちでないゆえ、物質から完全に自由だという意味での思いどおりというところでしょうか。

そして、帯に「これぞまさに知性と霊性の統合です」という帯津良一医学博士のコメントがあるように、物質社会の実情を崇高な霊性でとらえられ、喜びをもって奉仕の精神で生きていらっしゃるところに感銘を受けます

タイトルの「食べない」は、文字通り「不食」や「超少食」でプラーナで生きるという内容。

「死なない」は、不老不死という意味ではなく、誰でも肉体はいずれ死を迎えるが、その中に宿る本質(霊)は、生き続けるということ。

「争わない」は、人が幸福でいるための基本的な姿勢。

稲葉さんは、この3つの柱を深く理解なさった「目覚めた(悟った)」方です。

「争わない」ことの章の中で、稲葉さんは、以下のようにもおっしゃっています。

「日本が武装しないでいて、他国が攻めてきたら、最初は一定数の人が殺されるでしょう。それはさけられません。しかし、それでも相手を殺さない。それこそが大切です。そうすれば、少なくとも反撃したときよりは全体の死者が少なくてすみます。(中略)もしも、日本がいま述べているような事態になったら、私はその最初の一定数の一人に、進んでなりましょう。」(p1351~p136より引用)

死とは、肉体を脱ぎ捨て、別の次元の世界へ移行することだと思います。

そうだと、わかってはいても、なかなか稲葉さんのように潔く言えるものではありません。

最後に、稲葉さんによる「いまを生きる16の知恵」という項目が書かれていますが、心から共感するとともに、まだまだ自分の及ばない点がたくさんあるのを感じます。

最近のある出来事をきっかけに、いろいろな気づきがあったり、反省ができ、物質的な恐れや執着も減ったところは良かったと思っている私ですが、稲葉さんや秋山弁護士のおっしゃることに共感しつつも、実際に自分が同じ心境で日々生きるには、まだまだ程遠いのを感じます。

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