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2015年2月 3日 (火)

“今いる場所”で執着も無しに

20150203

平和活動家としても有名なベトナム人の禅僧ティク・ナット・ハンの書かれた『仏の教え ビーイング・ピース ほほえみが人を生かす』(中公文庫)という本があります。

その中の言葉をここに引用させていだたきたいと思います。

かなり長い引用ですので、ご興味のある方だけお読みください。

私は、「瞑想センター」とか、「瞑想」とかいう言葉を、その時々で別の言葉に置き換えてみたりもします。

これを読むと、今、置かれた場所で、執着なく、一歩一歩頑張ることが、幸せへの一番の近道だと感じます。

********

多くの若い人たちが社会に不満を感じ、社会を捨てて、瞑想センターにやってきます。
(中略)
瞑想センターに集まって、普通とは別の社会をつくります。
ところが、この社会は、ほかの社会と同じく、さまざまな問題を抱えています。
瞑想センターに入るまえ、瞑想の内に平和を見いだすことを、彼らは望んでいました。
ところが、道を求めつつ、以前とは違った社会をつくり、この社会が、大社会よりも、もっとむずかしいものであることに気づきます。
それが、社会から疎外された人たちの集まりだからです。
数年の後、瞑想センターへやってくるまえよりも、もっとひどい欲求不満を起こします。
これはなぜかというと、瞑想とは何かを誤解しているからです。
瞑想の目的を誤解しているからです。
瞑想は皆のためにするのであって、瞑想する当人だけのためにするのではありません。
(中略)
あなたが平和な一歩を踏みだすのは、あなたのためです。しかしそれはまた、子供たちのため、世界のためです。
(以上 p72~73)

今の社会は、住みにくいところだと思います。
注意しなければ、私たちは浮き上がってしまいます。
そして、ひとたび浮き上がってしまえば、社会を、もっと住む価値のあるものに変えることはできません。
(中略)
かなりの期間にわたって、西洋社会に住んできましたが、私自身、この社会にうまくなじむことができないように感じています。
そこから身を引いて、自分自身の内部に閉じこもりたいと思うことが、よくあります。
しかし、実践が、社会に残るための助けとなっています。
それはなぜかというと、もし社会を離れれば、それを変えるための役に立つことができないということを、私がはっきりと知っているからです。
(以上 p74~75)

平和は、私たちがものの見方にとらわれず、狂信から自由であるときにのみ、達成されます。
(中略)
目覚めた人は、言います。
「もし、絶対的真理と思って、何かにしがみついて、それにとらわれれば、真理みずからがやってきて戸をたたいても、あなたはそれを中に入れようとしないだろう」
(以上 p130~131)

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