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2013年3月13日 (水)

心が苦しい時に ~河野進神父の詩~

20130313

先日、「マイナス面」は幸せに不可欠!(おすすめ動画付き)という記事で、「一見マイナスに見えることにも、プラスの意味がある」ということを書いたんですが、それについて、数人の方から「ただハッピーなものを求めがちなプラス思考より納得がいく」というご意見をいただきました。

そこで、それに関連して、(再び、南インドでお世話になったエバーグリーントラベルの真美・デービスさんに教えていただいた)河野進神父の詩をご紹介したいと思います。

河野進神父の著書は、絶版のものも多いようで、図書館でもなかなか見つからないのですが、以下のサイトに、作品が少し掲載されています。

河野進 詩集 http://fish.miracle.ne.jp/hibarak/kouno.html

上記サイトに掲載された作品の一つ、「病む」という詩をお借りして、この記事の最後に、ご紹介します。

「病む」ということを「失敗する」とか「過ちを犯す」という言葉に置き変えて読んでもいいように思います。

病気で苦しむことの他、罪悪感や、自己嫌悪で苦しむこともあると思います。

そういう苦しみは、時に、「本当は自分が悪くないのに悪く言われる苦しみ」より、苦しいかもしれません。
濡れ衣を着せられた時は、「天は解ってくれている」と思えても、「自分が悪かった」と思うと、立ち直れない気持ちになることがあります

時々、いろんな不祥事があって、ニュースなどで当事者が、インタビューを受けていて、最初に、「自分は悪くない」という感じで、一見図々しく見えたり、逃げ腰だったり、反感を買うような態度を取っている人ほど、本当は内面では自分を責めていたり、自分が受け入れられず、心が弱りきってしまって、後にご自分で命を絶たれることがよくあります。

自分が過ちを犯した時に、自分を正当化すればするほど、実は、自分の心を追い詰めてしまうんだと思います。

自分の非を認め、責任を負うのは、とても辛く勇気もいることだと思いますが、同時に自分を救うことでもあるように思います。

ちょっと話が逸れてしまいましたが、病気の時だけでなく、自己嫌悪や、罪悪感で苦しい時にも、「病む」を「失敗」や「過ち」という言葉に置き換えて、以下の詩の一言一言を噛み締めることで、心がラクになるのではないでしょうか

私は、これを読むと「どんな苦しみも、自分の魂を磨くために天から与えられたヤスリのようなものだ。」と思えて、ありがたく、感謝が湧いてきます。

(特に、ここ最近、3件ほど、ちょっとしたトラブルがあって、内1件は、私自身の失敗のせいなのですが。。。(-_-;) 本当に、時々、自分が失敗しないと「聞き得ない慰めのみ言葉があり」、「下り得ない謙遜の谷」があって。。。)

もし自分が完璧な人間だったら、人の失敗が許せない傲慢な人になってしまうかもしれません

また、自分が病気になったことがないと、病気の人の苦しみが分からず、体調不良の人を「怠けている」などと決めつける冷たい人になってしまうかもしれません

 

     病む

病まなければ

聞き得ない慰めのみ言葉があり

捧げ得ない真実な祈りがあり

感謝し得ない一杯の水があり

見得ない奉仕の天使があり

信じ得ない愛の奇跡があり

下り得ない謙遜の谷があり

登り得ない希望の山頂がある

河野進 神父 作  参照サイト: http://fish.miracle.ne.jp/hibarak/kouno.html

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