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2012年3月25日 (日)

私たちが本当に求めているもの ~幸せの国?ブータン~

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※長文なので、時間の無い方は、太字部分をお読みください。

前回の記事に、「初めてワンセグで見た番組がある」と書きましたが、それは、NHKの『地球イチバン』という番組です。

そこで、地球で一番幸せな国として紹介されていた国がブータンでした。

ブータンと言えば、国王ご夫妻が昨年日本にもいらっしゃいましたが、国民総幸福量(GNH=Gross National Happiness)で有名です。

これは、1972年に、当時の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが、「金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、幸福を目指すべきだ」として提唱したものです。
これに従って、現在、ブータン政府は国民総幸福量の増加を国の政策の中心としているそうで、経済成長は、急激にせず、ゆっくりしようという方針とのことです。

・・・とは言っても、現在の世の中で、まったく近代化しないというのは無理なことですし、自由が全然ないというのも問題ですので、数年前からテレビや携帯電話などの情報機器も取り入れられ普及してきています。

今でも、農業が国の産業の中心ですが、首都などの都市化は進みつつあり、高度教育を受ける人も増加していて、それと並行して失業率も増えてきているようです。

でも、とりあえず、その辺のところは一旦置いても、現在、国のトップの人たちが、「国民の幸せを一番に考えよう」そして「その幸福とは、経済成長からだけでは得られない」という方針を持っているところは素晴らしいことだと思います。
実際に、この国民総幸福量のコンセプトは、国連でも取り入れられることになったようです

番組の中では、農村地帯の人たちの暮らしぶりが紹介されていました。

その暮らしぶりをざっとご紹介すると、こんな感じです。

・個々の家族が住む家は、村の人みんなで一緒に協力し合って建てるから、みんな立派な家に住んでいる。(現金のやり取りは介在しません。)

・田畑の仕事も、村の人や近所の人みんなで協力して手伝い合いながらやる。(現金のやり取りは介在しません。)

・ご近所の家に、いつでも気軽に遊びに入っていく。

・お互い好きな時に訪問し合って、食事を一緒にする。

・お互い好きな時に、寝泊りし合う。(だんなさんが仕事で帰れない夜は、奥さんは近所の家に泊めてもらうなど。)

・寒い時は、飼っている牛たちのエサも温めてあげる。

・牛乳は、仔牛と人間が分け合う。

・電線などの設置も、野生動物や野鳥の生態系を壊さないようにしか行わない。自然保護のためなら人間が、喜んで不便を我慢する。

などなど。

そして、取材された村の場合は、みんな口々に、「この村が大好き」「ここには家族も友達もいて、自分は幸せだ」と言い、若者でも「都会に出たいとは思わない」そうです。

けれども、ブータンでも、これが都会だと、事情も違ってくるんじゃないかと思います。

この番組を見て、以前の記事で、ちらっとご紹介した『幸せの経済学』というドキュメンタリー映画に出てくるラダックの話を思い出しました。

ラダックも、ヒマラヤ地方の小さな村でした。

近代化されていない頃、ある少年は言ったそうです。
「ここには、貧乏な人なんて一人もいない。みんな豊かで幸せだ。」

実際、その言葉通り、人々は生き生きと目を輝かせて幸せに暮らしていたそうです。
食べ物や生活に困っている人もいなかったそうです。

けれど近代化の波が押し寄せた10年後、同じ青年が言ったそうです。
「僕たちは何も持っていなくて、みんな貧しい。支援が必要だ。」と。
都市化したラダックには、失業者や生活困難者が急増してしまったそうです。

発展するということ自体は、素晴らしいことだと思います。

けれども、私達に幸せをもたらしてくれる発展っていうのは、〝今までのような形での”経済的発展ではないのではないかと思います。

先進国のお金持ちの人みんなが、心から安心して、幸せを感じて満足に暮らしているでしょうか?
ひょっとしたら、持っている資産の管理に追われ、なくさないように必死だったり、次々もっと良い物を得なければならないと必死になってる人も多くないでしょうか?

昔のラダックの人や、ブータンの農村地帯の人は、なぜ幸せだと感じ、安心して楽しく暮らしているのでしょうか?

「もし自分が困っても、助けてくれる信頼できる人たちに、いつも囲まれている。」
「人に何かあったら自分も助けてあげられる。(自分には、人に喜んでもらえる存在価値がある。)」
「食べ物には困らない。(生きていくのに困らない。)」

彼らは、そんな風に思ってるみたいです。

また、情報が少ない分、他の人と比較して、自分が持っていないモノに焦点を当てて、追いかけたりしないからでしょうか?

近代化された社会に住む私たちも、地球の資源を使い尽くしたり、環境を破壊したり、動物たちをモノのように大量生産したりするほど、次々と物質的豊かさを追い求め続けるのをやめれば、幸せになれるでしょうか

きっとそうだと私は思います。

でも、本当は、誰もが気づいてるんじゃないでしょうか。
自分が、本当に欲しいと思ってるのは、愛のエネルギーだということに。
それ以外に、私たちの心を満たしてくれるものは、何もないことに。

でも、実は、誰でもそれを自分の内側に既に持っていることに気づくのは難しいのかもしれません。

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