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2011年10月26日 (水)

『母べえ』 ~愛を伝える食事~

世界共通、万人に共通で、人は、大切に思う人には、絶対「何か食べさせてあげたい」という気持ちが湧くものだと思います。

人間、ほぼ誰もが、何か食べないと生きていけませんので、生き物の本能として、そう思うのだと思います。

映画『母べえ』の中で、食事の時に、家族が、戦争に反対する思想犯として拘置所に入っているお父さんの分のご飯もよそって、食卓に置いてみんなで食べるシーンがあります。
物理的には、その場にいないお父さんが、それを食べられるわけではないのですが、それは、ただの家族側の自己満足で終わるのではなくて、きっと何か目に見えないものだけは届くのじゃないかと思います。

詳しく覚えてないのですが、ヒンズー教では、こんなお話があるそうです。
ある男が、神様のためのチーズをたくさん食べてしまったので、他の人たちはその男を非難して、神様にチーズがないことを謝ったら、神様が「その男が、自分を思って食べてくれたから、もうお腹いっぱいだ。」と言ったということです。

私も、このお話を知る前から、このお話に出てくる男の人と同じようなことを思うことがあります。

変な話ですが、たとえば、食べ物を届けられない人に、自分が食べる物に宿るエネルギーだけ届くように祈りながら食べるのです。
物理的には、その食べ物は自分の体の中に入るんですが、エネルギーの部分だけでも、自分ではなくて祈った相手のところに行くように食べるんです。

そんなことをしても、例えば、震災で食べ物の配給が届かない人のお腹が満たされるわけではないし、食糧難の子供たちが救われるわけでもないので、「きれい事を言って、自分だけ食べてる」と思われるかもしれませんが、私は時に、結構本気でそう思いながら食べることがあります。
それは本当は何の助けにもならないことかもしれませんが、私だけじゃなく、人って、自然にそういう思いが湧いてきてしまって、そう思いながら食べることがあるんだと思います

『母べえ』には、拘置所のお父さんに、実際にお弁当を届ける場面もあります。もちろん奥さん(母べえ)の手作りのお弁当です。
奥さんにとっては、ずっと会えない旦那さんにお弁当を届けることは、何よりの喜びだっただろうと思います。

そうやって、人が食べ物で愛情表現するところは、原始的で本能的だけど、自然で、人間味があって温かいことだと感じます。

人間味と言えば、最後の最後に母べえが言う言葉が、とても正直で人間味があります。
気丈に、天使のように強く優しく生きた母べえが、愛するだんなさんの信念を邪魔したり、娘たちを悲しませない為に、ずっと言えなかったことを、最後に言うのです。
これから観られる方もいらっしゃるかもしれませんので、何を言ったかは、ここには書かないでおきますが、それは母べえの人間としての素直な女心じゃないでしょうか。

また、『母べえ』には、他にも「人間が作った善悪と、善悪では計れない愛(慈愛や慈悲という意味での愛です)」について、ところどころに、たくさん描かれているところが、私はとても好きです。

人間が作った善悪は、その時その時で自分たちの都合がいいことが善とされてるケースがたくさんあります。
人間社会の中にいると、それが見抜けないことも多々あって、善だと信じて本当は愛のないことをしていることもよくあります。

(たとえば、この映画の中で、お国のために贅沢品撲滅運動してる人たちの行為には愛があるのか?)

だから時に、「善悪」で物事を判断するのは、危険かもしれません

じゃあ、何で判断すればいいのか?
結局、自分の心に従うしかないのだと思います。

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